幼毒博士

永楽帝が溺愛している弟、朱橚（シュク）の短編。
蓮花のモデルは潘金蓮。ああいう感じの毒婦。纏足してる女性にするかもしれない。
毒を盛られ逝きかけてる爺さんは李善長。ゲスト出演。
詰め込み過ぎだと感じたらやめる。台詞はさらに削る。

第一章：毒の目撃者

時は元末、都の夜、華美な内室に蠟燭の明かりが揺れていた。江蓮花は夫・趙大人に毒入りの杯を差し出し、その紅い唇が冷たく歪んだ。
「あなた、少し顔色が悪いわね。この薬草を煎じて飲みなさい。きっと良くなるわ」
彼女の声は甘く優雅だったが、瞳の奥には漆黒の闇が宿っていた。趙大人が杯を受け取り、飲み干すと同時に床に崩れ落ち、口から白い泡を吹き始めた。
「さようなら、爺さん。あなたの財産は私が頂くわ」
蓮花は倒れた年の離れた夫を見下ろし、満足げに微笑んだ。彼女の美しさは都で「花の如き美女」と称えられていたが、その心は毒草のように冷酷だった。

だがその瞬間、扉が大きな音を立てて開いた。——バァン！！
「やあ、面白いものを見ちゃったよね、お姉さん」
そこに立っていたのは、黒い袍に身を包んだ10歳前後の少年だった。小柄で華奢な体に似合わぬ落ち着きを湛え、鋭い瞳が蠟燭の光に映えている。

蓮花が驚愕に目を見開く中、少年は倒れた趙大人に近づき、小さな手で脈を取った。
「…モンシロチョウの羽と黒百合の根か。悪くないけど、仕事が雑だ。もっと細かく砕けば苦しむ時間も減ったろうに」
彼は懐から小さなガラス瓶を取り出し、中の透明な液体を指で弾いて趙大人の口に数滴垂らした。
「解毒剤だよ。助かるかは五分五分だけどね。運が良ければ助かるかな」
彼は蓮花を見上げて自己紹介した。
「第五皇子の朱シュクだ。皆からは『毒博士』って呼ばれてる」
その声は幼く澄んでいたが、どこか不穏な響きを帯びていた。
蓮花は息を呑んだ。彼女の完璧な計画が、この幼い少年の手によって一瞬で狂わされたのだ。心臓が激しく鼓動し、怒りと混乱が胸を締め付けた。

第二章：初の対決

「な…なぜ解毒剤を？」
蓮花の声は震え、鋭い視線でシュクを射抜いた。シュクは無邪気に肩をすくめ、小さな笑みを浮かべた。
「彼はお爺さんに見えるが父上の立派な軍師だからな」
その軽い言葉に、蓮花の怒りが爆発した。彼女は袖から毒針を取り出し、シュクの顔を狙って素早く放った。——シュッ！
だが、彼は首を軽く傾けるだけでそれをかわし、針は背後の柱に深々と刺さった。
「毒針か。いいね。でもお姉さん、もっと速くしないと当たらないよ」
彼の声には子供らしい無邪気さと、どこか大人を嘲るような響きが混じっていた。

蓮花は唇を噛み、さらに針を連続で放った。——シュッ！シュッ！
だが、シュクはまるで風のように動き、すべての針を躱しながら彼女の背後に回り込んだ。
「僕、暗殺の訓練してるからこういうの、慣れてるんだ。」
彼は蓮花の首筋に小さな指を当て、囁いた。
「点穴だよ。ここを強く突けば即死する。でも…今はやらないよ」
蓮花は全身が凍りついたように震えた。恐怖と苛立ちが交錯し、喉が締め付けられる感覚に襲われた。だが同時に、この少年の異常な冷静さと危険な魅力に、心の奥がざわついた。

第三章：取引の始まり

シュクは窓際に歩み寄り、月を見上げた。蠟燭の明かりが彼の小さな背中に影を落とす。
「このこと、父上に言いつけてもいいけど…僕と取引しない？」
「取引…？」
蓮花の声はまだ硬く、警戒心に満ちていた。シュクは振り返り、目を細めて笑った。
「僕、お姉さんの毒を観察したいんだ。そのきれいな手でどんな毒を作るのか…父上には黙っておくよ」

蓮花は唇を噛んだ。目の前の少年は幼い外見とは裏腹に、底知れぬ知恵と危険性を秘めていた。彼女の心は拒絶と好奇心の間で揺れたが、その無邪気な笑顔と鋭い瞳に抗えず、ついに頷いた。
「いいわ。でも私にも条件がある。あなたの毒の知識も全部教えて。隠し事はなしよ」
シュクは目を輝かせ、楽しそうに笑った。
「お姉さん、ほんと面白いね。気に入ったよ」

第四章：駆け引きの応酬

取引が始まってから、二人の間では幾度もの駆け引きが繰り広げられた。蓮花はシュクを出し抜こうと策を練り、シュクはそれを軽々と跳ね返す。

駆け引き1：市場の毒茶

ある日、蓮花は市場で商人を標的に選んだ。彼女は茶に無色無臭の毒を混ぜ、優雅な笑顔で商人と談笑しながら杯を差し出した。
「この茶、特別な薬草を使ってるの。飲んでみてちょうだい」
商人が杯に手を伸ばした瞬間、シュクが横から現れ、小さな肘で杯をひっくり返した。——ガシャン！
「あなた！？」
蓮花の声が鋭く響き、彼女はシュクを睨みつけた。だが、彼は無邪気に笑うだけだった。
「お姉さんの悔しそうな顔、好きだな」
シュクは地面にこぼれた茶から立ち上る微かな匂いを嗅ぎ、首をかしげた。
「…白蛇の毒に隠し味で金蓮花か。いい線いってるけど、僕ならもっと濃くするよ。薄すぎてすぐバレちゃう」
蓮花は内心で歯噛みした。彼女が何時間もかけて調合した毒を、この少年は一瞬で分析し、改良点まで指摘してきたのだ。彼女のプライドが軋み、胸の奥に熱い苛立ちが広がった。

駆け引き2：偽の毒草

別の夜、蓮花はシュクに仕返しを企んだ。彼女は「死者の息」と偽って無害な雑草の種を渡し、彼がそれで毒を作るのを待った。
「これ、西域から手に入れた貴重な毒草よ。あなたなら使いこなせるでしょう？」
彼女は微笑みながら種を差し出し、心の中で勝利を確信していた。だが、シュクは種を手に持ったまま目を細め、静かに言った。
「これ、ただの雑草だろ。」
蓮花の心臓が跳ねた。彼女の表情が硬直する中、シュクは懐から本物の「死者の息」の種を取り出し、目の前に掲げた。
「これが本物だよ。無臭の猛毒になるが種、本体にはニオイがある。偽物には騙されないぞ。」
蓮花は言葉を失った。彼女の策がまるで子供の悪戯のように見破られ、逆に教えを請う立場に立たされたのだ。屈辱と同時に、シュクの知恵に対する奇妙な尊敬が芽生えていた。

第五章：毒刀と耐性の証明

駆け引きはさらにエスカレートした。

駆け引き3：仕掛けられた罠

蓮花はシュクを罠に嵌めようと、部屋に毒の霧を仕込んだ。彼女は顔を覆い窓から現れるシュクを待った。シュクが飛び込むと同時に、霧が彼を包み込んだ。
「これで終わりよ。猛毒の霧だわ。どんなに賢くても逃げられない」
蓮花は冷たく笑い、シュクの苦しむ姿を想像した。だが、彼は霧の中で平然と歩み寄り、小さく咳き込んだだけだった。
「毒霧いいね。でもさ、僕には効かないよ」
蓮花が目を丸くする中、彼は肩をすくめて続けた。
「ちょっと喉が痒いくらいかな。喘息の方が辛いよ。」
蓮花の自信が崩れ落ちた。彼女が準備に何日も費やした罠が、シュクにとっては軽い冗談に過ぎなかったのだ。

その瞬間、蓮花は我慢の限界を超えた。彼女は毒を塗った小刀を手に持ち、シュクに切りかかった。——シュッ！
刃がシュクの頬をかすめ、一筋の血が流れた。
「これで終わりよ！猛毒が塗ってあるわ！」
蓮花は勝利を確信し、冷たく笑った。だが、シュクは動じず、ただ静かに笑い返した。
蓮花は唖然として立ち尽くした。シュクは傷口を指で軽く拭い、血を舐めてみせた。
「僕は毎日少しずつ毒を飲んでるから、どんな毒も効かない体質なんだ。毒博士って、そういう意味だよ。子供の頃からずっとやってるから、もう慣れちゃってさ」
彼は小さく咳き込み、苦笑いを浮かべた。
「でもさ、喘息だけは治らないんだよね」

蓮花の頭が真っ白になった。毒茶、偽の毒草、毒の霧、そして毒刀――彼女のあらゆる策がこの少年には通用しない。彼の知恵と異常な体質の前に、彼女は完全に敗北した。
「この子には…敵わない…」
心の中でその言葉が響き、彼女の胸に敗北感と同時に奇妙な感情が広がった。

第六章：惹かれ合い

その夜、蓮花は一人で毒を調合しながらシュクを思い出した。毒を見抜く鋭い瞳、罠を軽々と躱す姿、そして自虐的な冗談を言う無邪気な笑顔。
「毒に強いのに喘息に弱いなんて…憎らしいのに、なぜか目が離せない…」
彼女の手が止まり、頬が微かに赤らんだ。シュクの知恵に敵わないと認めざるを得なかったが、同時にその純粋さと危険な魅力に心を奪われていた。

月夜の庭園で、二人は並んで毒草を眺めた。
「いつかあなたを毒殺してやるわ。必ずよ」
蓮花の声には力強さがあったが、どこか柔らかさも混じっていた。シュクは目を細めて笑った。
「その日が楽しみだよ。でも僕が喘息で死ぬ方が早いかもね」
シュクの軽い笑い声に、蓮花は初めて自然な微笑みを返した。彼の矛盾した魅力に、彼女は完全に惹かれていた。

シュクが闇に消えると、蓮花は静かに呟いた。
「…敵わないわ」
彼女の手には「死者の息」の種が握られていた。敗北感と惹かれ合いが交錯する奇妙な絆が、二人の間に生まれていた。これからも続くであろう駆け引きを、彼女はどこか楽しみに感じていた。